福知山仏跡巡拝団は今回ラオスに行ってきました。総勢13人。
深夜便にてバンコク経由。ビエンチャンには次の日の昼過ぎに到着。
24時間経っていないけれど、深夜便は恐ろしく時間が長く感じるものでした。
ネパールから帰る時も深夜便でしたが、その時は、お腹の調子も悪く、
ひたすら耐えるばかりでした。今回はスタートで体調も良かったからそんなに
苦痛ではなかったものの、やはり長い!。僧堂に入る時に味わった庭詰に続く
時間感覚でありました。いかなる条件でも寝られる人が羨ましい。
大概男性より女性の方が対応能力があるみたい。同じ参加者で女性の方は
「あまり寝られなかったわ-----」と言いつつも「だいぶゆれましたね。」
と言ったら「えっ、ウッソー」「やっぱり寝てたんやろかー」ですから。
ネッ。
写真は女性のスカート(シン)の露店。バラエティーの豊なこと。色もそうだけど
刺繍、絣、シルク、コットン、それがびっくりするほど安く売られています。
50000キップ〜100000キップくらいかな。円に直すと下二けたを取った金額。
安いでしょ。それを纏めて、「これだけしてよ。」と値切るのも楽しい時間。
ガイドブックに、ルアンパバーンのナイトバザールはすごいよって書いてあった。
いろんな山岳民族が集まってきて、大きなバザールになっている・・・と。
確かに。まあ、京都の寺町三条から四条の間を全部露店で繋げた?ような?
もちろんアーケードはないですよ。
でも、並べてあるのは予想よりはるかにカラフルで現代的なもの。アクセサリー
なら、百万遍の手作り市に出せば絶対ヒットするような物もある。
観光客がドッと押し寄せ、村々は手芸ブーム真っ盛りに違いない。
とても小さな布製のブローチがあった。ホントに拙い作品なんだけど、
それが200や300並ぶと圧巻。色もカラフルでパレットを見ているみたい。
ハートマークがあったりして。
小さな子供が店番をして、ドルで買おうとしたら、換算が解らないらしく、
隣の店のお姉さんに聞いていた。値切りにくいなあ。
バッグも楽しいものが多かった。パッチワークをする人や、アクセサリーを
作る人は、絶対ラオスは楽しいと思う。
市場では、豚肉も沢山見ましたけれど、川魚もかなり見ることが出来ました。
1メートル以上のナマズなんか、胴回りは大人の太ももほどもあり、とても見事
です。鯉か鮒に近い形の魚が一番多く流通していて、大きな生簀にピチピチ
と跳ね回っています。熱帯魚屋さんで見かけるような、綺麗な魚もいました。
調べてみると、スポッテッド・インディアンナイフとかいうらしいです。
これが川魚かと思うくらい種類も豊富です。メコン河の川海苔もありました。
可笑しかったのは、川海苔を板海苔にするのは良いのですが、ゴマをまぶして
油で揚げてあるようでした。いかにも韓国海苔風で、絶対これ、韓国人の
入れ知恵に違いない。つまみには良いけれど、手に油がついて不評でした。
食用ガエルか、ガマガエルか、恐らく養殖しているのではないかと・・・・。
でもビックリの形です。お判りになるでしょうか。カエルさんの腰、サバオリ
になっているのでございます。何とも痛々しい。それを三匹並べて竹串で挟み
こんであるという丁寧さ。うーーーん。美しい?。
さて、昆虫です。ラオスでは、普通の食材として流通しています。、一緒に同行
した若い和尚さんは、奥さんからカメ虫を食べてこいという有難ーいご託宣があった
らしく、バザールでは真面目に?、昆虫を探し回っていました。
乾季なので、なかなか見つからないと判り、ちょっとホットしていましたが、二日目
添乗員さんと私が大きなカメムシの塊を発見。日本のカメムシの倍ほどあり、薄茶色
で全身に艶があります。形はカメムシそのもの。20〜30匹ほどを添乗員さんが購入
日本円で50円ほどだったと思います。
彼にあったよーーーと、持っていくと喜びながら、ちっょと複雑な表情。
昼食のレストランで揚げてもらい試食しました。もちろん私も試しましたが、意外や
、イナゴのような、普通の普通。拍子抜けしました。多くはカリカリになったものを
粉々にして、調味料のように使うとか。
日本にも変わった人がいて、日本のカメムシを食べてみたというのをネット上に発見。
≪カメムシはパクチーの代りになるか≫で検索しますと、[ほそいあや]さんという
女性が、何とも楽しいお食事風景をアップしています。モザイクがかかっていたり、
笑えます。
そういえば、同行した和尚さんで、パクチー苦手な和尚さんがいて、理由を聞くと
カメムシ臭いからと言っていました。当たりです。
トノサマカエルとメコンの川海苔です。蛙に詳しい和尚さん曰く、背中に一本金色
の線が入っているのが、正真正銘のトノサマガエルだということでした。
写真の左にある袋には生きたままの蛙が大量にグニョグニョ動いていました。
市場の売り場で頻繁に見かけました。見難いですけれど、仏さんの左の腕に丸めた
お金(札)が括り付けてありました。商売繁盛祈願でしょう。でもさすがに仏教国、
供物もちゃんとあります。
托鉢はタイ、ミャンマー、カンボジア、色んな国でみました。でも、ここルアンパバーン
では、立派な観光になっています。欧米人、アジアの人、地元の人、入り混じって供物
を捧げます。早朝ホテルから出て、メインストーリートで待っていると、若い修行僧が
一列になってやってきます。予め用意した少額の紙幣を入れたり、観光客ように準備
宜しく供物を売る商売があり、手元に無くなるとすぐ後ろから補充されます。
100人200人やってくるので、あっという間に供物はなくなります。そしたらすかさず
後ろから、ハイッ、とバナナや菓子を入れたザルが出てくる。後払いの恐ろしいシステム。
添乗員さんが見かねてストップ
托鉢がこんなに観光として成り立っているのは驚きでした。京都も観光資源は沢山ある
けれど、こんなアプローチも有りかな、なんて。舞妓さんの恰好も当たり前になったので、
河原町あたり、各僧堂合同連発日なんかを作り、観光客からしっかり供養して頂くなんて
生臭いでしょうか。
ルアンパバーンで一番有名な寺院(ワット・シェントーン)は屋根替え中。
その奥にレッド・チャペル(赤堂)という小さな建物があり、寝釈迦が収めてありました。
この寝釈迦は1569年にセーターティラート王によって搬入されたとか。
2月15日。予定の涅槃会を厳修。若い和尚さんが多いので、声高らかに楞厳呪
を唱える事が出来ました。
インド訪問の時、クシナガラでの行道を思い出します。
前回に引き続き、今回も学校訪問をしました。
各自で、文具、スポーツ用品を準備して、細やかですがプレゼントをします。
あまりお仕着せになってはいけないので神経を使うところです。写真は低学年のクラスで、
折り紙の実演をしているところです。日本の絵本にラオス語を張り付けてもって
来られた和尚さんもありました。大きな袋二つ。何かに役立てて頂ければ幸いです。
私は鉛筆が良いかなと持参しましたが、全員ボールペンを使っていて愕然としました。
やはり最新の消せるボールペンを持ってきて驚いてもらえばよかったのか・・・・。
少し上級生のクラスの授業風景も見ることが出来ました。%の問題をやっていて、
正解になると全員拍手していたので、私たちも一緒になって手を叩いていました。
パークウ洞窟よりの帰り道(川)、メコンです。この夕景ですと、メコンの川の色が
出せないので、今一つですね。
2006年12月念願のアンコールワットへお忍び旅行決行。
春に三人で行くところを私の都合でキャンセルになって
いました。内緒で行くのは大変気が引けたのですが、
エーーーイ。ままよと、、、、。行ってきました。
到着して最初にアンコールワットの朝焼けを見ます。
それが又極上の景観。人の多さにもびっくりですが、静寂の中
12月8日の特別の日を意識してしばしひっそりと座禅を。
タ・プローム遺跡。
生命の逞しさというか、時間の流れをひしひしと感じます。
ジャングルの中の遺跡は私を別世界に連れて行ってくれました。
アンコール・トムです。
12世紀末に建設されたそうです。
このような顔が50面以上。圧巻です。
デバターの写真です。
これぞという表情のものを探していて、いました。
少し苔むしていますが、光の加減がよく、美しい
微笑でこちらに語りかけてくれているようです。
最後の日、カンボジアの平原に沈む夕日を見ました。
戦乱の地になったとは到底想起できない美しい
大地でした。
少ない日程でしたが、アンコール・ワットを十分楽しみました。
布などは矢張りミャンマーの方が多様で楽しいように思いました。
インレー湖の蓮の花です。
蓮は、実は睡蓮でした。
品種は詳しく調べていませんが、
原種に近いものでは無いかと思います。
朝方しか咲かないようで、ホテルのボーイさんに
舟を出して頂き、ホテル周辺の散策の時に撮影しました。
インダー族の小僧さんです。
ガイドの人も初めて見る光景だそうで、
ひどく感動していました。
水上生活者の家を一軒一軒托鉢して廻っていました。
同じ水上生活者でも地主?、小作さんと大きく分かれ、
この写真の近辺は貧しい集落だと説明してくれました。
独特の櫂の使い方です。
これがテレビで放映された、トマトの畝です。
完全水耕栽培。
引っ張れば動かす事が出来ます。
少しの土を足すものの、
後は水草を乗せて肥料にしているようです。
水質汚染に繋がるような科学肥料を
使っていないせいか、とてもこぶりで、
出荷されるのも青いままです。
でもインレー湖のトマトはとても有名だそうです。
他に、ズイキ芋、ナス、ニガウリ、キュウリ
など、沢山の水上畑がありました。
睡蓮の群生です。
とても静かな湖で、水面はとても穏やかです。
なんと表現すればよいのか、まるで漆のような
しっとりと滑らかな印象でした。
穏やかな気候と、水中にびっしりと拡がる
水草の影響では無いかと思います。
水上を舟で進む内に、心まで穏やかな
気持ちなっていたように思います。
インレー湖の湖畔にある町
ニャウンシエの朝。
昨夜も遅かったのですが、
朝の托鉢を見たくて散歩に出かけました。
彼女の差し出すご飯が
残り少なくなって、すごく
申し訳なさそうにお供えしていたのが
とても印象に残っています。
さてさて、これがあの蓮の繊維から糸を造っている現場です。
あっさりと案内してくれました。
大きな水上機織り工場の一角で見ることが出来ました。
誰でも訪れる観光スポットになっています。
睡蓮の茎を4〜5本束ねてポキンと折って繊維を引き出し
まるで、蜘蛛の糸の様な細い繊維をその場で撚って
糸にします。気の遠くなるような作業です。
実は、この糸から造る布の事は前回ミャンマーを
訪れた直後、NHKで放送され、とても興味を持ちました。
養泉寺の唯一の寺宝は曼陀羅で、画布は蓮の糸で
織りなせると歌にもなっているのです。
そして、奈良の当麻寺にいきますと、確かにあの大きな
仏画も蓮の糸で織りなした画布に描かれているとのこと。
今回の旅で是非ともその布が見てみたいと思っていたのですが
あっさりと案内されて、拍子抜け。
日本に売り込んでいる日本の国籍を持ったミャンマーの
マネージャーもいて、この蓮の布も珍しく無くなるかも
知れません。
呉々も蓮を乱獲して作りすぎないようにお願いして
少しだけ布を頂いて来ました。
カックーの遺跡。
2000年9月に旅行者に開放されたばかり。
12世紀16世紀18世紀と三回にわたってストゥーパ
が建立され、なんと各家庭に一つずつ寄進するように
なっていたため、現在残っている塔はなんと2478。
本当かどうかは一寸信じられないけれど、まあ数百
は確実にありそうでした。
仏塔のてっぺんに鉄の飾りがあり、鈴が付いていて
チリンチリンと鳴ってとても幻想的な雰囲気でした。
この地域は、特別にバオ族のガイドが付く事になって
いて、モウモウさんという可愛いガイドさんも
一緒でした。
菩提樹です。
こんな見事な木見たことありません。
カックーの遺跡も良かったけれど、この菩提樹を
見られた事も収穫でした。
菩提樹下でお釈迦様はお悟りを開かれたとなって
います。なるほど、このような大樹の元なら何となく
解るような気がしました。
この周辺に群生してあり、見事な景観でした。
タウンジーの町にあるお寺で年に一度の祭り(気球祭)。
結構欧米の観光客もこの祭りを目当てに訪れていました。
たまたま訪れた私は実に奇特なこと。
又、不思議な事に日本人の観光客は皆無。
で、うえの写真は木造の観覧車。
参道は夜中まで大混雑で恐らく何十万の人出です。
大音響の音楽が響く参道には土産物、露店がびっしり。
観覧車、人力メリーゴーランド。ゲームのような占い
もあった。うわーーーーー。たまらん楽しい。
人々の目の輝きから、この祭りを楽しみにしていた
事がよく解る。
すさまじい祭りでした。
どこから見てもたこ焼き。
たこは入っていませんが、恐らく逆輸入だと思います。
韓国の巻きずしと同じように。
これが気球です。
初めガイドさんの言っている事が良く解らず、桔梗祭り
と聞き違えていました。(福知山の祭り)
これが何とも凄い。
和紙で造られた気球に蝋燭でイルミネーションを施し
夜の空に放ちます。いわば、精霊送りの意味を持ち
たかく長く上がり続けた気球が良いのだとか。
この気球は夜の9時頃から上げられ、朝の3時くらいまで
20個ほど順番に上げられて行くとの事。
そして何とそれが一週間毎夜続くのだそうで、信じがたい
祭り。
気球に仕掛け花火を付け、夜空高く花火が延々と花開き
ながら昇っていくのもあり、仕掛けはかなり凝ったもの。
之はもう世界の奇祭としか言いようが無く、
本当にもう二度と見ることは出来ないと思います。
3つ程上がるのを見て、遅くなるのでホテルへ帰還。
凄まじい喧噪とエネルギーの固まりのような
祭りでした。
カックーからの帰り道。
畑へ行っていた一家が夕日を浴びながら
一列になって帰ってくるところでした。
カメラを構えるとぴタッと等間隔で停止。
びっくりさせてしまいました。
見事な農地はそれはそれは見応えがありました。
多くの農民は朝弁当を持って出かけ、夕刻
家路につくそうです。
どこまでも美しい耕地は日本の荒れた農地
とは比べようもありません。
今回の旅行の
ベストショットかも知れません。
もちろん誰も褒めてくれませんので
自画自賛して喜んでいます。
ちょうど5年前、初めてミャンマーのパカ゜ンを
訪れ、その時もひどく感動しました。
そして今回、インレー湖への旅行。
益々ミャンマーの虜となってしまいました。
アジアの最貧国と名指しで批判
を受けた国です。
しかし、その国は、今日本人の失った数多くの美しい
大地、そして心根の様なものを私に強烈に見せつけて
くれました。
又近い内に必ず行きたい。
本当にそう思える今回の旅行でした。